一八九通常国会
我が国及び国際社会の平和安全法制に関する特別委員会

2015年9月14日

北澤俊美君 民主党の北澤俊美でございます。
 冒頭に、台風及びそれに伴う豪雨で大きな災害を受けた皆様方に、そしてまた尊い命を亡くされた皆様、御遺族に心からお悔やみを申し上げ、一日も早い復旧を政府にお願いを申し上げます。
 さて、総理、私は初めて総理と質疑をいたします。今日は総理の政治姿勢について専ら総理に質問をいたします。そうはいっても、防衛大臣も外務大臣も、現に戦闘行為が行われていない場所にいると思わないで、戦線は拡大する可能性ありますから、御用心をひとつお願いをいたしたいと思います。
 この法案が国会に提出されてから様々な世論調査が行われておりますが、依然として反対は六〇%、そして賛成は三〇%、今国会成立反対は八〇%であります。国の政治を行っていく上で民意は極めて重要であり、第一義的な要件だというふうに思います。総理の御見解をお伺いいたします。
○内閣総理大臣(安倍晋三君) 確かに、必要な法案かどうか、国民の皆様に必要な法案であるという御理解をいただき御支持をいただくことがベストであると、こう考えております。我々もそのために丁寧な説明を繰り返してきたところでございますが、また国会においても長い時間を掛けて審議を行ってきたところでございますが、世論の状況、世論調査の状況におきましては、今、北澤委員が御指摘になったとおりでございます。
 しかし、その中においてもなお、やはり我々、国民によって、選挙によって選ばれた議員の中において審議を深め、決めるときには決めていただきたいと、このように考えているところでございます。
○北澤俊美君 こういう数字が出る一番のもとは、衆議院での質疑、そして参議院の質疑は今七十九時間、この中で百九回審議が止まっておる、それはやはり、総理の発言、あるいは防衛大臣、外務大臣の発言に法律との間の整合性がないとか、説明が必ずしも明快でない、そういうことの繰り返しが国民に影響をしているというふうに思います。
 そこで、私は、今日、この戦後七十年の平和な時代の価値観について総理にお伺いをいたしたいと思います。それは、私事で恐縮ですが、この戦後の七十年間は私の人生全てであります。体験者として、この尊さについて総理にお伺いをいたします。
 七十年の歴史というものの重みは、その前の七十年の我が国、二〇一五年は戦後の七十年でありますが、その年から遡って七十年を逆算すると、それは一八七五年、明治八年であります。西郷隆盛による西南戦争が始まるまだ二年前であります。近代国家として世界の仲間入りをして間もなくの年であります。それから、幾多の内乱、さらには日清戦争、日露戦争、第一次世界大戦、日中戦争、そして太平洋戦争に至るまで、この七十年の間に日本は幾多の戦争を経験をしてきました。この間、いっときだけ大正デモクラシーという時代もありましたが、しかし、基本的には軍国主義、そして国家主義の増長、ばっこを許したと言ってもいい。これは、まさに政治の敗北でありました。そういう経験をした上で、その後の七十年の平和が築かれたというふうに私は思っております。
 七十年の平和の歩みがいかに尊いものであるかということを私は身をもって体験をいたしてきたわけでありますが、平和主義を基調とする今の日本憲法があった、そのことは極めて大きいというふうに思っております。この世界に誇る日本の戦後七十年間が存在するのだと私は思っておりますが、このことについて、戦後レジームからの脱却を唱える総理はどのような歴史観をお持ちか、お聞かせいただきたい。
○内閣総理大臣(安倍晋三君) 戦後七十年を迎えるに当たりまして、八月十四日に安倍内閣として閣議決定をいたしまして、談話を発出をしたところでございます。
 この談話を発出するに当たりまして、七十年前、日本を取り巻く状況、そしてまた、さらには百年以上前に遡りまして、日本を取り巻く状況はどうであったのか、その中において、日本はどこでどのように道を誤り、そして敗戦に至ったのかということについて率直に内閣としての考え方を述べたところでございます。そうした教訓を酌み取る中において、未来の日本をつくっていく、平和な日本を守り、しっかりと人々の幸せを守っていかなければならないという考え方を述べたものであります。
 様々な教訓について既に七十年談話でお示ししたとおりでございますが、憲法につきましても、その平和主義、今委員が御指摘になった平和主義、国民主権、そして基本的人権の尊重、この三大原則、これはまさに日本国民にとっては血肉となっているものでありますから、今後も、我が党、自由民主党は憲法改正草案を出しておりますが、この三つの原則についてはいささかも変えてはいないところでございます。
○北澤俊美君 今、七十周年の談話をお話しになりました。私も強い関心を持っておりました。ちょうちょうここで申し上げるつもりはありませんが、私は、総理が主語を使わないで前の談話をなぞったということにいささか失望をいたしました。
 しかし、それよりも、今お話をしております、この七十年の日本の平和の歩みを守っていくんだという、そして、自分はその先頭に立つと、平和の先頭に立つというキーワードが私には感じられなかった、その点については誠に残念であるということを申し上げておきたいというふうに思います。
 そこで、総理は、我が国の歴史の中でも極めて希有なお立場で政治の道を歩まれました。私は、まあ私事を言っても意味がないとは思いますが、私は長野の一農村の次男坊として生まれて、資質も凡庸であります。自分が凡庸であることは十分自覚をしておりますが、しかし、それにもかかわらずここ半世紀に近い政治活動を続けてこられたのは、政治の道に入るときにある意味での原点を整理して政治の道へ入ったからで、簡単に言えば、私が小学校の低学年のときに、同級生の細井ゆう子ちゃんのお父さんが戦死した、あるいは北沢冨男ちゃんのお兄ちゃんが戦死した、そういうものをまざまざと見てきたことと、それから、大学へ入って沖縄の同級生から「きけわだつみのこえ」を紹介されて、この本に触れられたこと、そしてさらには、大学生のとき約一か月、アメリカの施政権下に置かれた沖縄に一か月ほど滞在をして、同胞の沖縄県民がどんな気持ちで生活をしているかということを目の当たりに見て、それが私の政治家としての原点で今日まで来ております。
 そこで、総理は、お父さんは安倍晋太郎元外相、私は大変尊敬しております。いろんなものを読まさせていただいて、幼少の頃から秋霜を踏みながら春風を思わせるような人格を磨き抜いてきた方だと思っております。さらに、おじいさんは今松陰と呼ばれた安倍寛さんであります。また一方で、岸内閣総理大臣、あるいは佐藤栄作元内閣総理大臣、そしてまた、さらには、三国同盟への参加を一生の不覚だと悔やんだ松岡洋右元外務大臣も親戚におられます。まさに昭和史を代表するような名立たる政治家に連なるという、誠に立派だといいましょうか、羨ましいと言おうか、あるいは大変だなと言おうか、そういう環境の中に育ってこられて、まさに政治家とすれば、気軽に言えば銀のさじをくわえて生まれてきたような方であります。
 しかし、そこで、こういう名立たる政治家の中に生をうけて、何を原点として、誰を目標として政治の道に入られたのでしょうか。今、日本を統治する総理大臣、安倍晋三さんの原点を触れてみたいという欲望に駆られて御質問を申し上げるわけでありますが、いかがでしょうか。
○内閣総理大臣(安倍晋三君) 何が原点であったかという御質問でございます。
 政治家になろう、職業として政治家を選ぼうということについては、言わば私においては、父親も祖父も現職の総理大臣、幼少の頃からそうであったということでありまして、子供は親の背を見て育つということもあるわけでございますが、父のようになりたいと考えるものでございます。
 しかし、実際は、私は父親の秘書にそれまで勤めていた会社を辞めましてなったわけでございますが、しかしその先まで、果たして政治家になり得るかどうか、秘書を務めてみて、これは、多くの人たちから信任を得続ける、これがいかに困難であるかということは身をもって経験をしたわけでございます。私の父も三回目の選挙においては落選をしているわけでございます。
 そこで、しかし、父ががんの手術をした後、余命もう二年であったのでございますが、命を削る思いをしてロシアに赴き、当時のゴルバチョフ大統領と会談を行い、英知をもって平和条約の締結に向けて四島の問題を解決をしていくという言質を引き出したのでございまして、まさに命を削りながらもしっかりと国民のために奉仕をする仕事であると、こう認識を持ちながら、私も国民のためにそうした仕事を全うしたいと、こう思いを致したところでございます。
○北澤俊美君 こんな雑誌も私は見させていただきました。私は、大変苦労なことだというふうに思います。
 そこで、現実の問題に入っていきたいと思いますが、これらの名立たる政治家をルーツに持ち、その後を継いだ方としては、この間の安保法制における国会審議やそれに至る過程を見ますと、いささか思慮を欠き、宰相の器としてはいかがなものかと思われる点が数々あります。
 例えば、安倍総理は、この安保法制の国会提出に先立ってアメリカを訪問し、連邦議会において夏までに安保法制を成立させますと約束をされました。日本の国会に法案を提出する前に、事もあろうに外国の議会においてその成立を約束するなど、日本の総理大臣として前代未聞という批判も受けております。
 内閣総理大臣は、国民全体の意見に対し謙虚に耳を傾けながら国の方向性を形作っていかなければならない、先ほど申し上げたとおりでありますし、総理もそれに同意をしております。訪米前に私は与野党の党首会談を行うべきだったというふうに思っております。そうすれば、自国で法案を提出する前に他国で成立を約束するような軽はずみなまねは防げていたと思います。総理の見解をお尋ねいたします。
○内閣総理大臣(安倍晋三君) 平和安全法制につきましては、そもそも二〇一二年、我が党が政権を奪還する際の政権の公約にもしているところでございますし、総裁選挙を三年前に五人の候補で争ったのでございますが、五人の候補者全員が、例えば集団的自衛権の解釈変更についてこれは行うべきだと、こう主張していたわけでございます。
 そして、その後、参議院選挙、またさらに昨年の衆議院選挙、それぞれ我々は平和安全法制を整備をしていくということを公約として掲げているところでございますが、その後の本会議におきまして、その後の、今年の本会議における質問におきましても、この国会で成立を図るということを二回お答えをさせていただいている上でございます。
 こうしたことを踏まえまして、米国における議会において、今まで述べてきたことについて改めてその決意を表明したところでございます。
○北澤俊美君 今みたいなことは俗に言うと後講釈なんですね。選挙やあるいは自民党の総裁選で国民に訴えたというようなことでは、私は、この議会制民主主義を十分に理解していないというふうに思っております。
 今回の間違いは、そもそも集団的自衛権容認の根拠を砂川判決や、先ほども盛んに言っていましたが、四十七年の政府見解に求めたことであります。何度聞いても私には理解はできません。今更ですよ、今更、砂川事件ですよ。そもそも自国を守るための集団的自衛権という政府の理屈に無理があるんです。国連憲章で認められた集団的自衛権の本質は、攻撃を受けた他国を守ることにあるのであって、それにもかかわらず、総理は専守防衛と矛盾しないと。矛盾しないという矛盾を聞きながら、私には全く理解ができません。
 総理の見解を伺います。
○内閣総理大臣(安倍晋三君) 国際法上は個別的自衛権も集団的自衛権も我が国はそれを有しているわけでございますし、政府はずっとそのように答弁をしてきたところでございます。しかしながら、憲法の要請において必要最小限度を集団的自衛権のフルの行使は超えると、このように考えてきたところでございます。
 かつて、四十年前には、これは我が国を守るための、言わば存立を全うするため、国民の命を守るための、だけの集団的自衛権が概念として果たして存在をするかといえば、そのようには考えなかったのでございますが、しかし、四十年の時を経て、米軍の軍備力についても半減したわけでございます。人員においても隻数においても航空機の数においても半減する中において、北朝鮮は数百発の弾道ミサイルを保有するに至った、これは四十年前にはなかった状況であります。それに登載する言わば核兵器も開発をしつつあるという中において、そして、そのミサイルを防ぐことのできる弾道ミサイル防衛システムは当時もなかった。しかし、それを導入し、まさに日米で特別な連携を取る中で、そのミサイル防衛を導入し、そして日本人の命を守ることになっているわけでございます。
 そこで、その一角が崩される、この一角が崩されることを防ぐという、まさに我が国の存立を全うするための集団的自衛権という概念はあり得るという中において今回解釈を変更したわけでございまして、今までの解釈と基本的な論理においては矛盾するものではないと、このように考えております。
○北澤俊美君 盛んに総理は、あの当時北朝鮮にはミサイルもなかったと、こう言いますが、一方で我々の方も、イージス艦ができ、さらにはペトリオットもあり、そしてアメリカはTHAADもそれからGBIも装備してきている。それは、片方だけのことを言っちゃ駄目ですよ。
 さて、そこで、沖縄への対応について私は極めて不可解だと思っておるんですが、自分たちの気に入らない知事が誕生したからといって政府の高官が誰も会わない、面会もしようともしない、こんなばかな話はないんですよ。そしてまた、高圧的な態度でこれを屈服させようとしている。そしてさらに、沖縄が強硬な意見を言うようになったらようやく官房長官が出向いて、そして、この間は一か月間停戦を両者でした。しかし、結果的に何にもならなくて、知事は取消しをすると、こういう今態度に出る。最悪のところへ来ているというふうに思います。
 私は二年間防衛大臣をやって、沖縄の仲井眞知事、仲井眞知事はどちらかというと我々民主党政権に対しては批判的な方でありました。しかし、じっくり話をして、知事は、北澤さん、一番は沖縄県民の心の誇りを傷つけないでください、私たちはお金が欲しいとかなんとか言っているんじゃないですよ、沖縄県民の心を大切にしてくださいと言われた。それと真逆のことをされておる。
 私は、この沖縄に対する安倍内閣の対応は、極めて高圧的で、しかも自分たちに反対の者は黙っていろという、そういう態度だと思いますが、反省されておられますか。
○内閣総理大臣(安倍晋三君) 翁長知事がよく言われておられますが、我々は、沖縄がさきの大戦において悲惨な地上戦を経験し、またサンフランシスコ平和条約の発効以降も一定期間我が国の施政権の外に置かれたという苦難の歴史を忘れてはならないと、こう考えております。
 戦後七十年を経て、なお沖縄に大きな基地負担を背負っていただいており、その負担の軽減を図ることが政治の使命であると、こう考えています。その中で最も大切なことは、住宅や学校に囲まれ、市街地の真ん中にある普天間の固定化は絶対に避けなければならないということであります。
 政府としては、普天間の辺野古移設に関して、一か月の間、工事を一時中断し、問題の解決に向けて沖縄県と集中的な協議を行ってきたところでございます。菅官房長官を始め関係閣僚が精力的に翁長知事と協議をし、私からも、安倍内閣としての負担軽減や沖縄振興に懸ける思いについて申し上げたところであります。
 協議の結果、沖縄県とは普天間飛行場の危険性除去の必要性について認識を共有をしましたが、その方法論については隔たりは大きく、残念ながら政府の立場について沖縄県の御理解を得るには至らなかったところであります。
 しかしながら、政府としては、沖縄県との間で忌憚のない意見交換を行う関係を築いていきたいと考えておりまして、また、今回もこうした意見交換を行うことによって意見交換を行う関係を築くことはできたと思っております。この成果を今後の負担軽減や沖縄振興の取組に生かしていく考えであります。
 また、今後も対話の窓を閉ざすべきではないと考えておりますし、それは政府と沖縄県の共通の認識であります。このため、新たに政府と沖縄県との協議会を設置をして協議を行っていくこととしたところであります。
 同時に、一日も早い普天間飛行場の移設・返還を実現をし、地元の皆様方の心配や懸念をなくしていきたいと考えております。このため、防衛省は一昨日、海上作業を再開をしました。普天間移設作業は、政府一体となって、関係法令に従いつつ、住民の生活や環境への影響に配慮しながら進めていく考えでございます。
○北澤俊美君 結局、押し付けるという姿勢が変わっていないということなんですよ。そのことを沖縄県民は見抜いているんですよ。私たちも相当苦労しました、私も何度も何度も行って。
 しかし、時間が限られておりますので次へ進みたいと思いますが。
 先ほども随分と戦前の参謀本部の中での議論みたいなものを聞かせていただきましたが、そもそも、我が国の安全保障環境の変化であるとか脅威であるとか、それが全ての前提になっているわけでありますけれども、そのことが十分に語られていない。
 そしてまた、中国と我が国は選ぶことのできない歴史的な隣国であるわけでありまして、未来にわたっても隣国であります。戦略的なそして慎重な外交努力によって様々な問題を解決していくことが第一義であります。安保法制を日米による封じ込めだと中国が思い込む、それに対して更に先ほどのような議論があれば、必ずこれは安全保障のジレンマの扉を開くことになる。
 私はこのことを、我々も心配していますが、最大の友好国であるアメリカのオバマ大統領がどう言っているかと。尖閣諸島への米軍の軍事介入の可能性について私が安倍首相に直接述べたのは、この問題を日中間の対話と信頼醸成によるのではなくエスカレートが続くことは根本的な間違いであるということです、私たちは外交的な解決を支援するために全力を尽くしますと。
 総理、中国を今はもう完全に名指しで脅威を主張しておりますけれども、国民に分かりやすく、そしてまたそれをどう解決するかということを御見解をお示しください。
○内閣総理大臣(安倍晋三君) 中国は日本にとって最大の貿易相手国であります。日本は中国に輸出をし利益を得ておりますし、また投資をし大きな利益を得ています。同時に、中国も日本の投資によってたくさんの雇用をつくり出し、そして日本にしかできない半製品を輸入して、それを輸出して大きな利益を得ている。まさに切っても切れない関係であり、その中で、それをお互いに理解しながらお互いの関係を発展させていく、これが戦略的互恵関係であり、第一次安倍政権のときに、私は中国を最初の訪問国として訪問し、そして戦略的互恵関係を発展させていくということで一致をしたところでございます。
 一方、中国は、この二十七年間に軍事費を四十一倍に増やしていることも事実でありますし、その中身についても、残念ながら透明性が確保されていないのも事実であります。そして、南シナ海においても東シナ海においても、力による現状変更の試みを行っているのも事実であります。
 こういうことを行わないようにする、地域においてしっかりと国際法を遵守をして、そして、地域の平和大国として、責任ある大国として発展をしていくように国際社会で促していくことが大切であります。
 そのためには、問題点を我が国も指摘をしていくことも求められているんです。誰も指摘をしなければ、国際社会がどういうふうに受け取っているかということを自国自体がこれは認識しないところでございます。そういう意味においては、しっかりと国際社会において、またその中で日本がメッセージを発信していくことも大切であろうと思っております。
 いずれにいたしましても、対話において解決をしていくべきである、北澤委員が御指摘の、言った議論と御指摘のとおりでありまして、今まで習近平主席と二回にわたり首脳会談を行っております。また、日中韓の首脳会談を行うことにもなるわけであります。それは、私と朴槿恵大統領、李克強首相でございます。また、習近平主席ともマルチの機会等を生かして首脳会談を行っていきたいと、このように考えているところでございます。
○北澤俊美君 国民は、自分の国の総理大臣は立派であってほしいと、素朴にそう思っているんですよ。私もそう思っております。その基本的な思いから、少し辛口なことを申し上げます。
 国会審議における総理の態度は誠に残念であります。総理は、自分の意に反する意見について謙虚に耳を傾けるという態度に欠け、顔をしかめ、時には乱暴な言葉を吐く、やじについても泰然と受け流すような器量が見えない。今日は極めて紳士的ではありますが、極めて残念であります。
 あなたには、自民党総裁としての椅子と、それから内閣総理大臣としての椅子と、二つの椅子があります。だが、しかし、あなたは自民党総裁のまま総理大臣の椅子に座り、一億二千万の日本国の総理大臣としての自覚が足りない。
 国民は、総理の答弁だけでなく、立ち居振る舞い、すなわち、あなたが気付いていないかもしれませんが、反対する者は黙っていろと、そういう態度をしっかり見抜いているんです。私は、総理が先ほども言いました、決めるときは決めると、決めてくださいと、こう言った。決めることの独善ということもあります。私は、国民の理解が高まらない中でこの法案を決めることには絶対反対であります。
 再度、総理の御見解をお聞かせください。
○内閣総理大臣(安倍晋三君) 私の立ち居振る舞いについて御指摘がございました。北澤先輩のお言葉でございますので真摯に受け止めていきたいと思いますし、至らないところも多々ございますので、改めるべきことは改めていきたいと考えております。
 この法案についてでございますが、残念ながら確かにまだ支持が広がっていないのは事実でございますが、我々は、この法案がもし成立をした暁には、そして時が経ていく中において間違いなく御理解は広がっていくと、このように考えております。
○北澤俊美君 これまでの衆議院と参議院における審議を振り返ってみますと、政府案には大変多くの問題が明らかになってきました。私なりにまとめると、それは大きく言って三つあります。第一は憲法違反の集団的自衛権、第二は立法事実の欠如、そして第三は法理と政策の乖離であります。
 これまで再三再四にわたってこの問題は指摘されてきましたが、これから同僚議員が更に追及をしていくと思いますが、法理と政策の乖離については、防衛大臣を経験した立場からどうしても言っておかなければならないことがあります。
 政府は、政策的には今やるつもりはないという説明によって、この安保法制によって法律上可能になることについての委員会審議を分かりにくくしております。すなわち、法制上の無理を覆い隠すために、安倍政権は、法律的には可能になるにもかかわらず、それを政策上の判断として運用で禁止しようとしている事柄が余りにも多い。
 しかし、それはあくまでも現政権における判断であり、やらないというだけであって、法律で禁止されていないのでありますから、政権が替われば何の歯止めにもなりません。ここで、総理と防衛大臣との間の答弁が食い違うといって、先ほど申し上げたような百九回も審議が止まるという現象が起きておるわけであります。
 総理の見解をお聞かせください。
○内閣総理大臣(安倍晋三君) この平和安全法制につきましては、この法制を実際に成立をした際、運用の様々な規定が決まっていくわけでございますが、それはまさにこの国会を通じて答弁をさせていただいたこと、それを体してしっかりと運用規定等に決まっていくわけでございます。
 私と中谷大臣の答弁は基本的に一致をしていると、このように考えております。
○北澤俊美君 私の持ち時間も少なくなってまいりました。どうしても言っておきたいことがあります。
 東日本大震災において、約十万人の自衛隊員が、警察や消防隊員などと、小雪の舞う中、あるいは冷たい海水の中、あるいは沼地で泥にはまりながら必死になって生存者を捜索し、また御遺体の収容に尽力した。必死になって国難に立ち向かった一人一人の隊員の苦労に対して、防衛大臣として本当にあの当時頭が下がる思いでありました。
 隊員の諸君が命懸けで災害であろうと防衛であろうと国の守りに立ち向かうことができるのは、自衛隊が法律と国民の理解の上に存在していることを隊員が誇りとしているからであります。
 しかるに、総理は、自衛隊に対し、今回の安保法制のような、国民の理解が得られていない、そして法的安定性がない法律に従って命を懸けよと命令しようとしているように見えてなりません。隊員たち一人一人の顔を思い浮かべるにつけ、私には忍び難いものがあります。
 総理もお分かりだと思いますが、戦後の自衛隊という組織は、法律の裏付けがなければ一ミリたりとも部隊を動かすことはできません。極めて遵法精神の高い組織であります。政策上の判断で今はやらないと述べることによって、法律的に可能かどうか、政策的にも将来はできるのかを曖昧にした今回の安保法制の下で自衛隊の運用は大混乱をしかねない。最高指揮官として誠実であらねばならないと思いますが、総理の見解を伺います。
○内閣総理大臣(安倍晋三君) 自衛隊の諸君は、まず任官の際に、事に臨んで危険を顧みず、身をもって任務の完遂に務め、もって国民の負託に応えていくという宣誓をするわけであります。
 今、北澤委員が例として挙げられましたように、大臣当時、自衛隊員に指示を出し、命令を出して、下令し、あの厳しい状況の中で救命救急に当たらせたわけでございますが、まさにその中で、様々な危険あるいは困難な仕事を尽くしてくれる、私もあの自衛隊員の姿を見て誇りに思ったところでございます。
 その中で、国民の支持を得ないまま、そういう任務に就かせることは問題ではないかとの御指摘でございます。
 国民の支持が、確かにこれは自衛隊にとって大きな力になることは言うまでもないわけでありますが、かつてPKO法を成立をさせてカンボジアに送り出したときにも、残念ながら憲法学者からは憲法違反と言われ、世論的にも厳しい状況にあったわけでございますが、しかしながら、まさに実績をもってこの法律は間違っていないということを示していただいたわけでございます。
 確かに、我々もそういう観点からはもっともっとしっかりと説明に努力を重ねていきたいと思っております。
○北澤俊美君 最後に、少し提案を申し上げます。
 総理も還暦を過ぎたようであります。論語に、六十にして耳したがうという言葉があります。そしてまた、総理はあの戦略家の小泉総理の下にもおりました。そしてまた、極めて思慮深い福田康夫総理の下にもおられました。様々なものを見てきたと思います。
 私は、この法案は廃案として、そして改めて出し直して、十把一からげではなくて、我々も民主党としての考えをまとめてあります。憲法違反のものはこれは絶対駄目でありますが、PKOとか周辺事態法、こういうものについては十分に議論ができる素地があります。一旦廃案にして、そして与野党でしっかりした協議をするということ、あるいは、それが与野党の党首会談の中で話がまとまらなかったら、衆議院を解散して国民に信を問う。二つの道を、どちらかを選ぶべきだと思います。
 総理の御見解を伺います。
○内閣総理大臣(安倍晋三君) 我々は、日本国民の命を守るため、平和な暮らしを守り抜くためにこの法制は必要不可欠であると、こう判断をして提出をさせていただいているところでございます。
 衆議院でも百時間以上にわたって審議が行われ、参議院でも長い時間の審議が行われてきたところでございます。その中にあって対案も提出をされているところでございますが、我々は是非この国会で成立をさせていきたいと、このような決意をしているわけでありますし、この決意に変わるところはございません。
○北澤俊美君 これを提示することをお許しをいただいておりました。(資料提示)
 私は、これを読むと、今でも胸に込み上げるものがあります。風土は人を育てる、人は風土をつくり上げる。この選挙区、この小さな選挙区で長年選出をされてきたのは井出一太郎先生、井出正一さん、そして羽田武嗣郎先生、羽田孜先生であります。
 一言付け加えて、私の質問を終わらせていただきます。ありがとうございました。



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